ランプの魔人
信じられない事が起きた。
旅先の骨董品屋で衝動買いした、如何にもな見た目のランプ。
まるで映画にでも出てきそうなランプだな、と何の気なしに擦ってみたら、見る見る間にランプの口から煙が溢れ、その中から、真っ青な巨体を揺らして、魔人が出てきたのである。
良く、アニメや映画で、願いを一つ叶えてくれる、あれである。
唖然とする俺を後目に、ランプの魔人は、低く、地の底から響き渡るような声で、こう言った。
『はじめまして、ご主人様。願いを一つ叶えて差し上げましょう』
見た目と話し方のギャップに若干戸惑いながらも、俺はこの千載一遇のチャンスを逃してはならないと考えた。
35歳、無職、恋人無し。何の努力もせず、この生活におさらばする事が出来るかもしれないのである。
『俺を、大金持ちにしてくれ!もう一生働かなくていいくらいに‼』
期待と欲望を込めて俺は叫んでいた。
だが、魔人は少し口ごもった後、事務的な口調でこう返してきた。
『申し訳御座いません。不当な財産の分与は税法上、法律に抵触する恐れがあります。従って、その願いは対応致しかねます。』
こいつ、本当に魔人なのか?
俺はグッと言葉を飲み込み、次の欲望を探す事に集中した。
『じゃあ、世の中の女全てが俺に夢中になるようにしてくれ!!』
金が無理なら、次は女と相場が決まっている。これなら魔人の力で何とかなるはずだ。税金の問題だって無いだろう。
だが、魔人から返ってきたのは、またも無慈悲な言葉だった。
『申し訳御座いません。思想・信条の自由は日本国憲法で保障されております。その解釈を捻じ曲げる行為は出来ません。従って、その願いは対応致しかねます。』
俺はついに我慢の限界を迎えてしまった。
『ふざけんな!じゃあお前に一体何が出来るんだ?この役立たず!!つべこべ言わずに言う事を聞かないとこのランプを叩き割るぞ!!』
相手がこの世ならぬ者である事も忘れ、俺は感情のままに叫んでしまった。
『ご主人様。誠に残念ですが、先程の発言は名誉棄損、脅迫並びに強要罪に該当します。従って、警察に通報させて頂きます。』
魔人が丁寧な口調でそう言い終わると同時に、パトカーのサイレン音が自宅に近づいてきていた。
こうして、俺はついに願いを叶える事が出来た。
多少望んでいた形とは違うが、もうあくせく働く必要は無い。働かずとも飯が食えるのだ。
『囚人番号28番。食事の時間だ』
鉄格子の間から、俺の前にパンが一切れ差し入れられた。